仙台高等裁判所 昭和26年(う)355号 判決
記録によると本件起訴状記載の公訴事実は「被告人は昭和二十四年十二月二十八日下閉伊郡普代村坂下輝一よりラジオ二台の売却方の依頼を受けこれをその頃同郡安家村川口徳蔵外一名に売却その代金一万三千円を自己保管中その頃擅に同郡普代村中村栄一郎よりラジオ一台二千五百円に買受けその他に費消横領したものである」というにあつて、右公訴事実については、原審第一回公判期日に、検察官により、右事実中、中村栄一郎とあるのは中村栄次郎と訂正され、「その他」とある点につき、「昭和二十五年一月頃沢口友吉に対する自己の債務に千円を充当し同年三月頃久慈町露天商某より写真機一台二千五百円に買受け残金を」と事実の補正がなされている。これによると、検察官は本件横領行為の訴因を費消横領という態様に求めて起訴したものと認められ、しかもその費消行為の回数、日時場所を一々明示していないところからみると、検察官は本件の費消横領行為を単一の横領意思の発動に基く一連の横領行為として横領罪を構成するものとして起訴した趣旨であると思われる。然らば本件起訴状記載の訴因は特定していると云うに妨げないわけである。仮に、検察官が、本件費消横領行為が一つの行為でなく数個の行為であるのに拘らず、前記の如き記載をしたのに過ぎなかつたものだとすれば、その記載は刑事訴訟法第二百五十六条にいう訴因を明示して記載したものとは云えないことになるが、この不備は後記の如く原審が適法に訴因の変更を命じたことにより補正特定されたものと解せられるから、そうだとしても、公訴提起の手続を無効だとすべき要はない。論旨は右と全く相反する見解に立ち、本件の訴因は合計四個であると独断し、この前提のもとに、原審の訴訟手続に法令違反があるとして、原判決を攻撃するものであつて、採用できない。
同第二、三点について。
本件の訴因は、叙上説示の如き費消横領行為であるとみられるところ、原審は、審理の経過に鑑み右の訴因を「被告人は昭和二十四年十二月末頃下閉伊郡普代村ラジオ商坂下輝一からラジオ二台の販売委託をうけ同人から之等を受取つた。其の委託の要旨は内一台(ダイナミツク)を指値六千七百円他の一台(マグネチツク)を指値五千円、其の余の売増金は被告人の利得若し一週間以内に売れぬ場合は現品を返すべきことであつた、被告人は受託後一週間内に売れなかつたに拘らず受託の本旨に反し之等を返さず勝手に自己のために、1、昭和二十五年一月二十三日(陰暦十二月六日)同郡安家村の川口徳蔵方で同人に前記ダイナミツク一台を金八千円で売却して即日之を同人に交付し、2、同月二十七日頃(陰暦十二月十日頃)同村の新屋善治方で同人に前記マグネチツク一台を砂糖一貫目十六型懐中時計及び交換差金二千五百円で交換して即日同人に交付し、以て受託したラジオをそれぞれ横領した」という一個の売却横領行為を一個と交換横領行為の訴因に変更を命じ検察官もこれに応じて右の如く訴因を変更すべき旨の訴因変更請求書を提出し、原判決はこれと同一の事実を認定して被告人に横領罪の罪責ありとしているのである。
そして費消横領というも、売却或は交換横領と云つても、均しく自己の占有する他人の物を不正に処分するによつて成立する横領罪のそれぞれの態様に外ならないのであつて、従つて、右の如く費消横領の訴因を売却もしくは交換横領の訴因に変更しても単に自然的行為が別箇の形をとるに過ぎず横領罪としての構成要件的評価は全く同一であり、これによつて、公訴事実の同一性を害することは少しもないし、且つ被告人の防禦に実質的な不利益を与えるものでもないから、以上のような訴因の変更は当然許されて然るべきものである。而して、変更後の訴因を中心として本件の起訴状を眺めるときは、前記の如く、公訴事実には「これをその頃同郡安家村川口徳蔵外一名に売却」と記載されてあり、これを追完補正したのが、叙上の訴因変更請求書であるから、この訴因が一つの売却横領行為と一つの交換横領行為となることは、当初の起訴状に包含されている事柄であり、従つて、原判決が、右二個の横領行為を認定し、これを併合罪として処断したのは、正当であつて、その間に所論のような訴訟手続違背とか、審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法は少しもない。所論は訴因の観念を明確に把握せず、独自の見解に基いて、原判決を非難するものであつて、採るに足らない。